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デル・トロ監督インタビュー~TORn編~(Part2)

2008年11月03日 00:58

Part2「『ホビットの冒険』は今までで一番大変な映画だよ!」

(~Part1から続く)
アンソニー「実は今日、ゲイリーからあなたが何やら執筆してたと聞いていたんですが、それは『ホビットの冒険』じゃないですか?」
GDT「そう、そう、書いていたよ。カードのセットを、最終的な草稿とアウトラインとに置き換えていたんだ。
僕は3×5のカードに直接シャーピー(*本来商品名ですが、油性ペン全般をこう呼んでいるみたいです)で書いて配置するのが好きなんだ。全てに触感的な感じがするところがね。そうして組み合わせたカードは、1から4まで番号をふった極秘の黒い小さなカードの箱に入れられて、僕と一緒に旅するのさ」
アンソニー「凄い(笑)」
GDT「だけど、僕のやり方に同調してみたら、これはそんなに凄い数じゃないって分かるよ。僕は場面ごとにカードを書くわけじゃない、何というかビート(beat)で書くんだ。それは例えばね、『ガンダルフはどうしてビルボが申し分のない忍びの者だと知っていたのか』とか、『はなれ山の言い伝え:その1』とか、そんなふうにね。全てのシーンを書くんじゃないんだ。こうやって、どんなことでも書いては並べて、最終的には分析のために300枚から900枚のカードを配置することになるね」

アンソニー「へえ・・・!ところで、あなたは先程、6~7ヶ月で作業を終えて予算が組めるようにしたいとおっしゃいましたが、その時間枠を超えたら公式に・・・」
GDT「予算組みはもう少し早く始まるかもしれないね。6ヶ月で正確な材料は出揃っていると思うから」
アンソニー「・・・公式にキャスティングに取り掛かれますね?」
GDT「キャスティングも、もう少し前に開始しなくてはならないだろうね。その為には、衣装やメイク等も大きく関わってくるんだけど」
アンソニー「その件に関してですが、サー・イアン・マッケランとアンディ・サーキスの二人は、(物語の中での)身なりや姿形、映画への参加表明や確かな熱意が広く大衆に知られていますから、今の時点で他の誰とも替えることは出来ないのではありませんか?」
GDT「いや、僕たちは観衆の支持が得られることを望んで、それが世界に広く知れ渡るように本当に努力しているんだ。だけど、ちゃんと脚本が出来上がるまでは、所詮予想を玩んでいるにすぎないからね」
アンソニー「分かります」
GDT「仮に誰かの名を挙げて、物語の中に彼、又は彼女の役を見つけてやれなかったら、どんなに失望させることになるだろう。本当にあっちゃならないことなんだ。そんな資格はないんだからね。そうなってしまったら、どうやって脚本を続けていけばいいんだい?妥協点を探りながら、『ああ、あんなふうに言っちゃったからなぁ、誰それに役をふってやらないと』なんて感じる必要はないんだよ。これは本当に記念碑的な仕事となるんだ。そんなことで負担をかけられたくないだろう?」

アンソニー「それは完全に道理に適っています。
それではシナリオの編成についてですが、連続したイベントとしてとらえていますか?つまり、常にビルボと彼を取巻く登場人物を配置する必要があるように感じているのでしょうか?あるいは、どのキャラクターでもセッティングすることが出来て、同時進行することが可能な、ユニークで興味深いアンサンブルになるのでしょうか?」

GDT「ああ、勿論、ビルボとドワーフたちの間に、そしてビルボとトーリンの間で展開することになるよ。
これは君のキャスティングだとしよう。まず最初の段階で、君はビルボ役を決める。これが土台だ。何故なら物語の中のビルボとトーリンの関係に、沢山のことが繋がっているからなんだ。
ドワーフたちとトーリンが宝の山を一度(ひとたび)発見したなら、トーリンが経験する貪欲と所有への欲望を考慮することは、ビルボというキャラクターを再認識する方法なんだ。知っての通り、先祖の王国の所有権を取り戻したことで、彼らは変わってしまうからね。
そして君は、ビルボに沢山の見せ場がなくちゃダメだと思うだろうね。
大事件がそんなに多いわけじゃないが、少なくともドラマ作法上でのクライマックスは、明らかにスマウグとビルボの対話シーンなんだ。その後の町の破壊よりずっと・・・そう、ずっと重要なんだよ。何故なら、ビルボとスマウグは物語の中で、対立する正反対の性質を象徴するからね。
そしてもう一つの決定的な瞬間は、アーケン石の配達だ。これは最終的にビルボが選択し、そして獲得した不屈の精神と強固な決断力という性格の顕れなんだ。
これらのイベントは巨大で、全てはビルボを中心に展開するんだ。あえて言わせてもらえば、このことは2つの映画にだけじゃなく、5つの映画全てに満遍なく一貫して満ちあふれているテーマなんだよ。
君は、理想的には、原作の頁から自ずと登場人物の配役が浮かび上がってくるまで、発展段階のキャラクターをキャスティングしたくないと思うだろう。でも、最終的にはとても困難な経緯を経て、脚本書きのプロセスを構築しなくちゃならないだろうね。それが終るまで、自分自身も含めて、誰も拘束したくないと思うようになるんだ」
アンソニー「非常に興味深いお話です。あなたが語った決定的瞬間は同時に、最も大きな挑戦でもあるわけですよね。私はそれを懸念事項と見做したくありません。全ての注釈はあなたを神経質にしているか、いつになく秘密主義にしているように見えますが」
GDT「脚本執筆について?それとも監督として?」
アンソニー「両方です」
GDT「脚本を書くにあたっては、最後まで全てにおいて主張を押し通すべきだと思うよ。でも、全ての瞬間そうするのは難しいことなんだ。
『ホビットの冒険』に関するどの要素を取り入れようが削除しようが(あるいはどんな方法で対処しようが)、追補編それ自体のように、特定の一段落、又は特定のキャラクターを削除することを決心するにしろ、映画の物語に逆らっているように感じられるんだからね。
原作が作品に生命を吹き込むことを強く要求してくるから、すべてにおいて挑戦的になるんだ。映画製作においては、一刻一刻隅々まで全てが挑戦だと信じているんだよ。
全ての中で最大なのは、スマウグであることは明白だ。明言するがスマウグなんだ。
スマウグは、今まで様々な書物に描かれたドラゴンのうちで(僕が記憶している全ての中で、ドラマ以外のものでも)一番優れたドラゴンなんだ。既に偉大な基本的存在なんだよ。スマウグは“偉大なる”存在で、彼は絶対にそのように具象化されるべきだね。だけど、デザインに関しては、形態は機能に基づくんだよ。そして機能と形態は最終的には(観客に対して)対立を免れないものなんだ。
君がドラゴンを見る時、それがどのくらいクールに見えたかは偶然のものじゃなくて、遡ってみれば明らかに最初の印象によるんだ。その姿が、正確に彼が何者であるかを物語っているからだよ。
シルエット・・・!そう、シルエットを乱しちゃいけない。本当に美しくて、同時に彼を神秘的に見せる場面があるんだからね。スマウグをデザインするために“はなれ山”をデザインするんだ。その逆じゃない。内側も外側も。それが彼が何者かを物語る方法だからね。
初めてその物語に入り込む方法として、良く知られた例を挙げるなら--大理石の大邸宅を歩いている白いスーツ姿のトニー・モンタナ(*映画『スカーフェイス』〈1983米、監督:ブライアン・パルマ〉の主人公。キューバ移民からマイアミの麻薬王に上り詰め、やがて自滅していく男をアル・パチーノが熱演した)、君は彼がどんな人物か正確に分かる筈だ。金の鎖をつけて・・・」
アンソニー「目に映ることが)全てを物語っています・・・」
GDT「そう、全てを物語っているんだ!でも人々は思うだろう、『それはモンスターとして正しくない』。そりゃそうだろうさ。でも、それが僕がモンスターをデザインする方法なんだ。可能ならば、最高の状況としては、一目見た瞬間に彼らがどのように生きているかが分かるようにデザインすることだ。
『パンズ・ラビリンス』のフォーンを初めて目にした時、その皮膚には縦溝が刻まれ、彼が持つ小さな木の容器には妖精がいっぱいで、苔と土とが詰まっている。彼は自らの身体にルーン文字を刻み、木の根がその身体から生えている--君はそれを見て、彼がどんなふうに、どんな場所で生きてきたか、『私の名前は、木と風だけが発音することが出来る古いものだ』と彼自身が言う前に理解するだろう、彼が如何に太古の存在かをね。スマウグについても同様だ。それは既に原作の中で息衝いているのだから、果たされなくてはいけないんだよ。それは大変な仕事になるだろう、しかし全てはそういうものなんだ。全てにおいてだよ。
彼らを信憑性のあるキャラクターにしなくちゃいけない。少なくとも13人のドワーフたちには、それぞれに完全に忘れ難い台詞を与え、公式に彼ら全員の物語を持たせ、決してサブキャラに甘んじることがないよう要求されるんだ。13人のドワーフの扱いは特にデリケートだからね。
考え方としては、君は『荒野の七人』(*1960米、監督:ジョン・スタージェス。黒澤明監督の名作『七人の侍』を、西部劇としてリメイクした作品)の映画を見ている真っ只中だ。彼らは理由あって徴募されたんだ。それで13人のドワーフたちが、皆似たり寄ったりに見えていたなら、あるいはより悪いことに、彼らが互いとあまりにも異なって見えるならば、それは名札をつけて13人を見分けるようなもので、いっそう望ましくないよね。『七人の侍』にグループが入るなら、バランスを考慮しなくちゃならないね。お互いの心の交流も知っておかなくちゃいけない。一人は指令する立場で夜警のメンバーを選んだ。一人は忠臣で、他の二人は普段から好戦的だ。それでも彼らは互いのために死ぬ覚悟がある。等々・・・。こういったこと全てを、奔走しながら作りださなきゃいけないんだよ。
全ては挑戦なんだ。これは僕がこれまでにやってきた中で最も大変な映画(Movies!)になるだろうね!」
(Part3に続きます>長っ!)

【Source:Part1Part2 and Part3

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ワタクシにとっては今回の記事(Part2)は、「最も大変な“翻訳”だよ!」でした。
それなら初めっから手を付けなければいいんですが、とっかかってみないと自分にとってどの位難しい文章かも分からないほど、語学力皆無のアタシなのでした~★ Part1をUPしてしまったので、引くに引けなくて(笑)
そんなですので、アンソニー氏とデル・トロ監督の論点がどこにあるのか(ないのか)、イマイチよく理解出来てないんですが、それでも監督の圧倒的なお喋りは相変わらず面白いな・・・と/(^o^; あぁあ、へたれですびばせん~~~!!
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