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デル・トロ監督インタビュー~Times Online編~

2008年08月30日 22:11

青空が広がってるのに、なんで大雨の天気予報???と電車に乗って本に目を落とし、動き出した途端に乗客のざわめきで顔をあげれば、車軸のような雨であります。最近この手の土砂降りに、何度遭遇したか分かりゃしません。雷でいつこのおんぼろMacがいかれる(逝かれる?)かと、それもヒヤヒヤな毎日です。

さて、今回もギレルモ監督のインタビュー記事(ちょい古!)を紹介させて頂きます。例によってなんちゃって意訳ですので、正しくはソースをご確認下さいね。題して、
ギレルモ・デル・トロは、中つ国を彼の神話世界に加える” です。どぞ!

  *   *   *   *   *   *   *   *   *   *   

ギレルモ・デル・トロ監督によれば、印象派の画家ピエール=オーギュスト・ルノワールは、映画作家であった息子のジャン・ルノワールにこう言ったそうです。
『本当に才能のある芸術家は、同じ木を何度も何度も描くものだ』

「彼は、“芸術家は決して(同じ仕事やテーマの探求から)動くことなく、執拗に戻るべきだ”ということを言ったんだ。でも僕は、人はその生を終えるまで、たとえやり遂げられようがやり遂げられまいが、繰り返し同じ木を描くものだと信じているんだ。それが意志による決定であるとは思わない。むしろ“衝動的な性向”だね」

この「衝動」こそが、43才の映画作家の経歴を形作ったと言えます。
彼は2つの異なる経路を辿ってきました。
スペイン語のインデペンデント・ムービーでは多数の批評家の賞賛を獲得し、英語の映画スタジオによる作品では、ボックスオフィスを賑わしました。それでも、すべてのデル・トロ作品は、極度に個人的な物語として成り立っており、テーマと象徴が繰り返し散りばめられています。

次のプロジェクトの為に、彼はニュージーランドで4年間を過ごすことになっています。そこで彼は、トールキンの古典『ホビットの冒険』の映画化に着手するのです。それはLotR3部作を監督したピーター・ジャクソンをプロデューサーとする、ファンにとっては夢の組合せです。

コミック雑誌を原作とするアクション映画--『ブレイド2』や『ヘルボーイ』シリーズ--か、彼の自国語の映画--『デビルズ・バックボーン』や『パンズ・ラビリンス』--であるかに関わらず、このメキシコ人監督は、常にイデオロギーの疎外、追放と対立の本質を探究して止みません。彼のすべてのキャラクターは、構築された(しかし荒れ果てた)世界に棲息しています。

「それは、僕がおとぎ話を愛しているからだ。おとぎ話は、組織的な政治や、宗教や経済などと違って真実を告げるからね。これらのものは魂を破壊する。それが『パンズ・ラビリンス』の着想であり、『ヘルボーイ』や僕の全ての映画に、程度の差こそあれ表れているものなんだ」
2006年のオスカーを獲得したファンタジー『パンズ・ラビリンス』では、残忍なスペイン内乱の現実に、おとぎ話に対する監督の情熱を組み合わせました。
彼の最新作の 『ヘルボーイ/ゴールデン・アーミー』では、コミック雑誌のフランチャイズに民間伝承を導入しました。この映画では、エルフの王子ヌアダが別世界に棲息する手下を呼び出して人類に宣戦布告したので、悪魔的なヒーロー・ヘルボーイは、下界の侵入から世界を救わなければなりません。

1990年代初頭にコミック作家マイク・ミニョーラによって生み出されたヘル・ボーイのキャラクターは、悪魔から生まれ、厚くて赤い皮膚と分岐した尾、そして無限の強さをもっています。デル・トロはミニョーラと共に、2004年公開の『ヘルボーイ』を皮切りに、シリーズ3部作を完成させることを望んでいます。

「僕がおとぎ話の最も古い原型からパンの物語を作ったちょうどその時、僕たちの新しい『ヘルボーイ』の映画には、古代ケルト人の神話の感覚があると思ったんだ」
バロル王やプリンス・ヌアダのようなキャラクターに、人々はそれを見て取ることが出来るでしょう。「僕は真の神話コレクターさ。僕が子供だった頃、ハンスC・アンデルセンとアラビアンナイトから全ては始まったんだ」

彼のメキシコの映画作家の友人であるアレハンドロ=ゴンサレス・イニャリトゥアルフォンソ・キュアロン同様、ギレルモは中流階級の家庭に生まれました。
彼の幼児期の圧倒的な記憶は、両親のきしむ本棚だったといいます。彼は家にあった本を貪るように読み、ホメロスからデュマまで全てを消化しました。
「7歳になるまでにみんな読んでしまったので、自分のための本を買い始めたんだ」

彼の家族は信心深いローマン・カトリックでした。
「僕は10代前半に信じるのをやめたんだ。マスターベーションを発見してそれが何たるかを理解した時、それは罪たり得ないって分かったんでね」と彼は笑いながら話しました。
厳格な教理に逆らいながら進む間も、彼の創造的な追及は妨げられませんでした。
彼は21歳までに処女作の短編映画『Dona Lupa』を製作しました。その後、1993年に長編映画『クロノス』を発表する迄、特殊メイクアップアーティストとして働きました。『クロノス』はカンヌ国際映画祭で批評家週間グランプリを受賞し、メキシコ本国では9つのアカデミー賞をさらいました。

しかし、彼の成功はそれ自身の問題を齎すこととなりました。
1997年、デル・トロの父親は身代金目当てに誘拐されたのです。彼は無傷で保護されましたが、ギレルモはメキシコを発ってロサンゼルスへ引っ越しました。そこで彼は、妻と2人の娘と一緒に暮らしています。
「僕はメキシコで映画を撮るつもりすらないよ」と、彼はため息まじりに言いました。「父の誘拐は酷いトラウマとなったよ。それに、父を誘拐した連中のうち、1人はまだ逃走中なんだ。悲しいことに、そして自分本位ではあるけれど、僕は自分の娘には父親がいて欲しいんだ」

『ホビットの冒険』のプロジェクトについて、彼はこう言います。
「子供の頃に読んだものに忠実でありたいと思っているんだ。僕が仕えるのは『ホビットの冒険』であって、ピーター・ジャクソンの映画じゃない。僕たちは、LotR3部作に繋がる映画(続編)も作るつもりなんだ。4冊の本(3部作+『ホビットの冒険』)と追補編等で発展させてね。僕はこれらを撮るために、4年間ニュージーランドに行くことになるよ」

彼はまだ同じ木を描いています。
「もちろん、そうするよ」彼は笑いながら言いました。
「それは“衝動的な性向”だからね」

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デル・トロ監督、その人となりを知れば知るほど・・・・・・作品より同様本人のキャラが面白い(^o^;
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