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Cor Blok インタビュー:前編

2010年03月17日 02:23

アラン・リー、ジョン・ハウ、そしてテッド・ネイスミス、etc...。
トールキンファンであれば誰もがその名を聞いて、教授の作品に添えられた美しくもドラマチックなイラストを思い浮かべることが出来るでしょう。あるいは、ピーター・ジャクソン監督のLotR3部作における、壮麗かつ緻密なコンセプト・アートの数々をイメージするかもしれませんね。

そんな“トールキン・アーティスト”たちの作品を使った、ハーパー・コリンズ社発行の『トールキン・カレンダー』。
その2011年版には、オランダの画家Cor Blok氏の作品が選ばれたというニュース(Source:Tolkien Library 1/23付)は、既にご存知の方も多いと思いますが、日本はもとより海外でもその作品は殆ど知られておりません。かく言うワタクシも、“トールキン・イラスト”を集めたアンソロジーやファンサイトのギャラリーで、ほんの数点のイラスト(の写真)を見たことがあるだけです。

そんな、言わば「幻の画家」Cor Blokへのインタビューを、このたび同じオランダ出身である Tolkien Library のウェブマスター、Pieter Collier氏が実現させました。
その内容が個人的にあまりにも興味深かったものですから、今回も『ホビットの冒険』映画化とは関係ないネタと知りつつ紹介させて頂きます(長文に付き、前後編に分けて掲載致します)
管理人の超怪しげな翻訳(>今更ですが)はともかく、Cor Blokの極めてユニークな作品と、どこかエルフ然とした画家自身の写真だけでも、是非ご覧になってみて下さいませ!


≪Interview with Cor Blok about the Tolkien Calendar 2011≫
Tolkien Library:3/9付より】 
(*Pieter Collier氏の前書きから始まります)
私は子供の時からずっとリュックにオランダ版のペーパーバックを入れて持ち歩いていおり、 Cor Blokの絵とはいつも一緒でした。彼のイラストは非常に独特のスタイルをもっており、彼のミニマリズム(*最小限主義:装飾的な要素を最小限に切り詰め、シンプルなフォルムを目指す美術的手法)によって描かれたトールキン作品の一節が、いかに私自身の想像の余地を残すかを知って、それに魅了されました。
ポーリン・ベインズ、テッド・ネイスミス、それにアラン・リーやジョン・ハウの作品も類稀な傑作ですが、本のイラストには優れた表現方法が沢山あるのです。主要な登場人物の視点でその状況を描くことも、トールキンが詳しく説明している全てのディテールを画面に持ち込むことも出来ます。あるいはそれとは対極的に、物語の最小限の意味合いだけを表現するという手段を選ぶことも出来るのです。

私自身15年間絵画学校に通い、最終的にアントワープ王立アカデミーの美術教師となったので、トールキン・イラストには常々関心がありました。勿論私はイラスト入りの『ホビットの冒険』と『指輪物語』を買い求めました。それは、『Tolkien's World: Paintings of Middle-Earth 』や『Realms of Tolkien: Images of Middle-Earth』のような本と共に、私のトールキン・アートのコレクションとなりました。
私が出会った最も興味深い本のうちの一冊は、トールキンが作家としてだけではなく、絵画においても熟達していたことが分かる『J.R.R.Tolkien: Artist and Illustrator』(*邦題:「トールキンによる『指輪物語』の図像世界」)でした。

しかし、ほんの僅かなCor Blokの『指輪物語』のイラストは、他のどのトールキン・イラストとも異なり、際立って印象深く私の心に焼き付いていました。
Cor Blokがオランダのアーティストであり、トールキン教授に直接会って自分の作品を見てもらう機会に恵まれた数少ない人々のうちの一人だということを知るまでに、そう時間はかかりませんでした。
我々トールキンファンは皆、教授がポーリン・ベインズの絵を愛したことを知っています。しかし彼はCor Blokの絵も好きなようでした。事実トールキンは、Blokの作品を2点購入したほど彼の絵が好きだったのです。
後に私は、Cor Blokがもっと沢山の『指輪物語』のイラストを制作していたことを知り、それらを見つけることが自分にとっての探索(クエスト)となりました。

2006年、私はついにLustrum celebration of Unquendor(*5年周期で行われるオランダのトールキン学会の式典)でCor Blokと会うことが出来ました。そして、彼の多くの『指輪物語』のイラストが、'90年代に既に売れてしまったということを知りました。いくつかのイラストは、その買い手に会って目にすることが出来ましたが、持ち主全員を辿ることは非常に困難で、我慢を強いられることになったのです。
ピーター・ジャクソンの映画は公開されました。そして、ある特定のタイプのトールキン・アートが長い間巷を席巻しました。
そんな中、Cor Blokの連絡先が分かったというメールを、ハーパー・コリンズ社から受け取ったのです。こんなにも長い間惚れ込んできた彼の芸術について本人と話が出来ることは、私にとって大変な喜びでした。
ついに何かが動き始めたのです。そしてCor Blokの作品で構成されたトールキン・カレンダーが発行されることは、私の探求の大きな助けとなりました。そして今、私は売られていった多くのイラストが世の中に出て、完全なコレクションの概要が掴めるようになることを希望しています。
これが非常に興味深いプロジェクトであることは疑いの余地がありません。そして2011年のトールキン・カレンダーによって、トールキン・イラストにおけるミニマリズムのアプローチを人々が納得してくれることを望んでいます。

私は、アーティスト・Cor Blokとのインタビューによって、彼が生み出した50年前の作品と、非常に才能豊かで興味深い氏の人となりについて学び、それを発表出来ることに大変満足しております。

  *   *   *   *   *   *   *   *   *   *   

【Cor Blok インタビュー】
Tolkien Library(以下TL) 「2011年のトールキン・カレンダーであなたの作品を取り上げることになったと聞いて、あなたの最初のリアクションはどんなでしたか?」

Cor Blok (以下CB) 「びっくりしましたが嬉しかったですね。私にとってトールキン・イラストは既に過去のものでしたから。50年前に描いて1962~63年に出品したのです。それらに対する人々の関心は、1992年にちょっとの間だけ復活しました。その時はハーグでトールキンの生誕百年を記念した展示会があったのです。そして二度目はピーター・ジャクソンの映画が公開された時でした。
それから2006年くらいになって、私はオランダとフランドルのトールキンファンの間で、イラストに人気があることに気付きました。そのうち4点はハーパー・コリンズ社の『Realms of Tolkien』(*邦題:「トールキンの世界 -ファンタジー画集」)というアンソロジーに収録されました。でも私は、彼らが私の仕事に対して更なる関心をもったとは全く思っていませんでした。でもPieter、あなたの仕事にとっては、これらの作品が大いに注意を惹いたことでしょうね」
TL 「殆どの人々はあなたの作品のほんの2~3の例を知っているだけです。でもそれは、コレクションのほんの一部ですよね。これらのトールキン・イラストがいつ頃制作されたのか、そしてどのくらいの数が存在するのか、教えて頂けませんか?」

CB 「絵の殆どは1959年と1960年に描きました。1961年にも2~3点、それから(私が覚えている限りでは)1点だけ1962年に制作しました。私の記録(完全ではありませんが)によれば、それらのうち140点は残した筈です。でも、最近になってその中の何点か---12枚くらいでしょうか---を破棄してしまいました。絵のクオリティが充分ではないと思えたからです。およそ70点ほどが私の手元に残っています。でも、その殆どは最高の出来とは言えません」

TL 「あなたの絵には非常に独特のスタイルがありますね。このことについて、もう少し話して頂けませんか?」

CB 「ことの背景を語るには、長い話になります。ただ、最初にこの“トールキン・プロジェクト”を引き受けたときの私の主な関心事は、標準化された手段の限られたレパートリーを用いて、一種の絵による速記によって物語を語る実験であったことを強調しておきたいと思います。それは、物語に必要のない全ての要素を厳密に省略することです。

例を挙げましょう。最も初期に描かれた絵の一つ、『The Game of Riddles(なぞなぞゲーム)』では、 広々とした青灰色の遠景を背に、彼らが何をしているかを示す、ビルボとゴラムの2人の姿だけが描かれています。
後に描いたいくつかの絵の中で、特に風景の中で行われているイベントを描いたものについては、より細部を付け加えたことでこの原則から逸れていることを認めます。それでも、多くのトールキン・イラストを特徴付けるディテールについての強迫観念---時にはまるで「空間畏怖(horror vacui)を思わせるそれ---を避けようとしてきました。

あなたが言うところの、私の独自の絵のスタイルとは、ある特定の中世彩色写本と、Barbarusiaの壁画に由来します。
勿論、Barbarusiaなどという国は存在しません。それは中央海嶺上のどこかにあるという設定で私がでっちあげた想像上の国なのです。その架空の芸術史においては、石器時代の洞窟壁画から20世紀の未来派(Futurism)のローカルバージョンまでが入り混じっていました。

ハーグのアカデミー・オブ・ビジュアルアートで、美術教師になるためのコースを専攻していたとき、私はまず、バロック家具と建築のパロディから始めました。でもすぐにパロディ的な要素は後方に退いて、特定の様式のプロトタイプのバリエーションを考案するゲームに、ますます魅了されていったのです。
これらの多くは実際の歴史上に存在した---例えばローマ時代の壁画やゴシック建築のような様式を取り入れたのですが、私独自のスタイルも発明しました。これらのうちの一つは、一群の初期中世細密画と中央Barbarusiaの壁画の影響を受けています。私がトールキン・イラストで使用した“絵画的記号(pictorial code)”の様式は、これに由来するのです。

Barbarusia芸術は、イラストで使われる特別なテクニックの根源でもあります。その中には、非常に薄い和紙の両側からペイントしたものを背景に貼りつけ、まだ湿った状態のうちにグァッシュ(*不透明水彩絵具)で覆うという手法も含まれます。これは、フレスコ画や細密画が長い時を経て劣化したような風合いに見せるために考え出したのです。

“Barbarusianプロジェクト”は1953年にスタートして、少なくとも1957~58年まで取り組み続けました。私が1956年のアカデミーの卒業制作としてこのプロジェクトを行ったという噂には、全く根拠がありません。
これは1960年に、デン・ハーグ市美術館で展示されました。4月1日から始まったこの催しのために、私は2~3の立体オブジェを完成させました。それ以外は平面の展示物でした」


TL 「何故『指輪物語』のイラストを描くことを選んだのですか?この様式と技法を用いて、例えば、『エッダ』や『聖書』を描くことも出来たでしょうに」

CB 「実は2~3点、聖書のイラストも描いているのです。それらの中には、ソロモン王の後継者が、『わたしの小指は父の腰より太い』と言って彼の臣民を脅している(*列王記上12-10)場面が、文字通りに視覚化されている絵もあります。
『指輪物語』が偶然私の目に留まったのは、1958年のことだったと思います(オランダ語の翻訳版でした)。読み始めてすぐに魅了されたわけではありませんでしたが、真剣にそれを読み始めたとき、この物語は私のBarbarusian様式の絵で語るのに相応しいと感じたのです。結局この計画は、私を3年の間多忙にしておくのに充分だと立証されました。

この間に、私は『指輪物語』の翻訳版とオリジナル(英語版)の両方を読みました。(『エッダ』についてあなたがまだ言及するならば、随分後になってから読んだのですが、私がこれに啓示を受けたとは思えません。実を言うと、むしろ退屈であると分かってすぐにやめてしまったのです。恐らくそれは、何故古代スカンジナビア人とゲルマン民族が視覚芸術の分野では興味をそそるものを殆ど何も生み出さなかったのかということの、一つの解釈となるでしょう)」
(~後編へ続きます)
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