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デル・トロ監督インタビュー:新作のこと、そして『ホビット』のこと

2013年07月23日 02:07

熱帯夜の東京より、暑中お見舞い申し上げます (("Q(´▽`;) パタパタ

ウエリントンでの『ホビット』追加撮影も最後の1週間に突入し、現場ではドワーフ役のキャストたちが今も残って、オークとの戦いに励んでいます。
18日から始まったサンディエゴ・コミコンも昨日(現地時間21日)で終了。昨年は、新シリーズの宣伝のために大々的に行われた『ホビット』パネルでしたが、今年は不参加とあって、フィギュアなどのタイアップ商品を除いては、めぼしいニュースのないこの頃であります。

そんなわけで今回は、7月12日に大作『パシフィク・リム』が公開され、ベネディクト・カンバーバッチが出演するホラー映画『クリムゾン・ピーク』や、浦沢直樹原作の『MONSTER』のTVシリーズ化等で話題の時の人、“世界一忙しい映画監督”ギレルモ・デル・トロのインタビュー記事の紹介です。

公開以前から『ホビット』情報を追っている皆さまにはご承知の通り、デル・トロ監督は2010年5月にプロジェクトから離脱するまで、『ホビット』の監督として制作準備にあたっており、脚本家の1人でもありました。

Telegraphが行ったインタビューで彼は、カート・ヴォネガット原作の『スローターハウス5』の映画化(リメイク)を含む将来の計画について、また『ホビット』についても語っております。


■ギレルモ・デル・トロ「『スローターハウス5』はチャーリー・カウフマンと組みたいね」

恰幅の良い映画監督ギレルモ・デル・トロは、サンフランシスコホテルのスイートルームのテーブルで“繊維質食品”について話します。
メキシコ人である彼は、画期的なヒットとなった芸術気取りの『パンズ・ラビリンス』から最新の超大作『パシフィック・リム』まで、彼が何故ファンタジー映画に取り憑かれているかを説明する比喩としてそれを用います。彼が最近行った胃の手術の結果、体重をコントロールする必要があることを考えれば、それはとりわけ適切なようです。

「ぼくにとって、芸術はセックス、あるいは食べ物のようなものなんだ」と彼は笑顔を見せます。
ぼくは、『パシフィク・リム』はソウルフードのように、あるいは『パンズ・ラビリンス』はちょっとしたグルメ食のように作ることが出来ると思っているよ。この食べ物は皆にとって良いものだから、“繊維質食品”を与える必要はないんだ」

分厚いレンズと灰色の顎鬚の大げさな素振りの人間テディベア、デル・トロは上機嫌です。
彼が最後に映画を監督してから5年になります。彼はディレクターズ・チェアに戻って明らかに嬉しがっています。しかし、彼のファンはその成り行きに、まだそれ程満足していないかもしれません。
『パシフィク・リム』は1億9000万ドルのCGIによる派手なショー(extravaganza)です。その前にもデル・トロは“ソウルフード”である『ヘルボーイ』シリーズを作っています---滑稽なブルーカラーのデーモンが登場する同種のビジュアル・スペクタクルで、すぐに3作目が作られる予定です---この監督は、より小さなプレートで最も有名なのです。
最初はおよそ10年ほど前の『クロノス』『ミミック』、そして『デビルズ・バックボーン』のような癖の強いホラー、そして2006年の傑作『パンズ・ラビリンス』は、完全にデル・トロのイマジネーションから発した、驚くべき、殆ど完璧なまでのファンタジー映画で、3つのオスカーを獲得し、偉大な新しい映画監督の出現を宣言することになりました。

それでは、『パシフィク・リム』のような単純で派手な超大作は、窮屈ではありませんでしたか?

「ぼくがパーティーに行くとき、それはパーティーなんだ」と彼は陽気に言います。「そして、シンポジウムに行くときには、テキーラを持ってはいかないだろう? つまりぼくの家の、2つの完全に異なる部屋みたいなもので、両方ともとても快適なんだよ。パーティーに行かないでおいて、その価値について尋ねたりしないものさ!」

デル・トロの育った家は、メキシコのグアダラハラにありました。そして、誰に聞いてもパーティーからは程遠いものでした。「ぼくはカトリックとして育ち、ぼくの中で育成された不安は 途轍もないものだった」と彼は真剣に言いました。
彼の父親は自動車のセールスマンで、母親はアーティストでした。しかし、躾の大半は彼の祖母に任されました。
彼女のことをデル・トロは、「『キャリー』のパイパー・ローリー(*キャリーの狂信的な母親、マーガレット・ホワイト役)」と例えます。彼女は煉獄の脅しで苦しめるばかりではなく、お祓いと禁欲のために彼の靴に瓶の金属製の蓋を入れて歩かせたので、彼の足の裏は学校まで歩くことで出血しました(*1)

【注1】2008年8月にメルボルンのPopcorn Taxiで行われたQ&Aライブによれば、子供時代のギレルモが悪魔やモンスター等の奇妙な絵を描き続けるので、彼の祖母はお祓いと贖罪の為に、2度に渡って靴に瓶の蓋を入れ、登下校の道のりを歩かせたとのこと。


少年の頃、ギレルモは一連の陰惨な出来事に遭遇しました。
彼は鋭い鉄条網のフェンスによって首を切られた十代の少年を見ました。衝突事故を起こした運転手がフォルクスワーゲン・ビートルの中で燃え上がり、頭蓋骨が裂けた男が通りを歩くのを見ました。グアダラハラは、荒っぽい町だったのです。

しかし、若いデル・トロの記憶に本当に刻み込まれたのは、死体置場への訪問でした。窓の近く、明るく光の差し込む中で、彼は中絶された胎児の“山”を見たのです。
彼は顎鬚をこすり、陽気な笑顔が消えました。「怖かったのはその無頓着さだね。何かが頭の中で弾けて、ぼくは知ったんだ。オーケー、すべてを慈悲深く見渡している存在などないんだってね」

『パシフィク・リム』のキャッチフレーズは、“怪物と戦う為に怪物を作った”です。
彼は幼い頃から怪物を作り始めたので、これは若きデル・トロに至る歪んだ心理学上の過程に当てはまるかもしれません。
最初は、持ち歩いた本の中から怪物たちをスケッチしました。これは今日まで彼が行っていることです。次は両親を怖がらせるために、傷跡や溶けた目を塗り付けるメイクの実験を始めました。その後、映画学校を卒業してから、メキシコの映画産業のために怪物を作成した特殊効果の会社を設立しました。そして、すぐに彼自身の監督の資質を顕すようになったのです。

デル・トロは2000年代初めに、ハリウッドに進出した3人のメキシコ人監督のうちの一人でした---他の2人は、アルフォンソ・キュアロン(『トゥモロー・ワールド』、『天国の口、終りの楽園。』)、レハンドロ・イニャリトゥ(『バベル』、『21グラム』)です---そして、デル・トロは、それ程危険でないのならば、快く故郷へ戻るだろうと言います。
彼の父親フェデリコが72日の間誘拐されたのは1997年、彼の人生で最も劇的な期間の一つでした。デル・トロと彼の2人の兄弟は2回の身代金を払うことで、父親をアメリカの安全な場所へ連れてくることが出来ました。彼はそれを「治癒体験」と表現します。
「一度は自分の父親の命を救ってみるよう、強く勧めるよ」と彼は言います。「その体験はきみを変えるだろう。それがぼくの知っている全てだよ。父親が人間であることを学ぶんだ。ただの脆い人間だとね」
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『ホビット 思いがけない冒険』公開お祝い企画:各国吹替え版予告編を集めてみました

2012年12月14日 00:55

(*゚▽゚)/゚・:* 祝『ホビット 思いがけない冒険』公開!!*:・゚\(゚▽゚*)


2007年12月18日に行われた『ホビットの冒険』映画化の公式発表から5年、紆余曲折を経て本日2012年12月14日、晴れて『ホビット』3部作の最初の映画、『ホビット 思いがけない冒険』が公開となりました。

当初はニューライン・シネマとMGMの共同制作で2部作として映画化される予定で、2009年に撮影が開始され、第1部の公開は2010年となる筈でした。
しかし、世界的な不況の煽りを受けて2008年にはニューライン・シネマが、2010年にはMGMが倒産。前者はワーナー・ブラザーズに吸収合併され、後者は破産法適用でスパイグラス・エンターテインメントの共同創業者、ゲイリー・バーバーとロジャー・バーンバウム両氏への経営権移譲を行う形で再建を目指すこととなりました。

このスタジオの経営難問題が長引いた関係で、最終的に撮影のGOサインが出たのが2010年10月15日、映画化発表から既に2年10ヶ月が経過していました。
ご存知の通り、“『ホビット』2部作”は当初、『ヘルボーイ』シリーズや『パンズ・ラビリンス』などの作品で知られるメキシコ人監督ギレルモ・デル・トロがメガホンをとることになっていましたが、長過ぎた待機のうちに、既に契約していた他社の作品を撮らなくてはならない時がきて泣く泣く降板。彼のあとを、最初はプロデューサーに徹するつもりでいたピーター・ジャクソン監督が引き継ぐこととなりました。

他にも、著者の遺族に訴えられたり、俳優協会のボイコット問題で、映画がニュージーランド以外の国で制作されるかもしれない事態になったり、ジャクソン監督の入院&手術でクランクインが延期したりと、“指輪の呪い”と揶揄された、ありとあらゆるすったもんだの挙句の、漸くの完成、漸くの公開となりました。

公開記念に際して、もっと丁寧なまとめ記事が書けたら良かったのですが、管理人も初日はなんとしても劇場へ行きたいがために、真面目(?)にシゴトを優先しました故、こんなお遊び企画しか出来ずに申し訳ないです。

「映画は吹替え版が主流」なヨーロッパ圏を中心に、『ホビット』の予告編を集めてみました。
どこまでも俺様流フランスのオビットのビルボン・サッケとか、妙に調子良く聞こえるが故に詐欺師っぽさ全開のイタリア版ガンダルフとか(私感^^)「ニェット、ニェット」がにゃーにゃーとしか聞こえない、妙に可愛いロシア語版ビルボとか…をお楽しみ下さい。


【オリジナル版(英語)】


【フランス語吹替え版】


【ドイツ語吹替え版】


【イタリア語吹替え版】


【スペイン語吹替え版】


【ロシア語吹替え版】


「第2部のエクステンデッド・エディションが発売される迄として…2012年の前半には終われるかな?」なんて考えて始めたブログでありましたが、ビルボの旅に例えれば、漸く霧ふり山脈に到ったあたりでしょうか? まだまだ先は長そうです。

それでは皆さま、映画館へ行ってらっしゃいませ♪ 皆さまの映画本編の感想はもとより、劇場の様子など諸々、ご報告を楽しみにお待ち申し上げます!

M・フリーマン インタビュー:「ビルボになる準備はすっかり出来ているよ!」

2010年11月13日 05:53

『ホビットの冒険』で主役のビルボ・バギンズを演じるマーティン・フリーマンですが、現在彼は、カタロニアの映画制作者Marcal Foresの監督デビュー作となるファンタジー映画 『Animals』(*2011年公開予定)の撮影のためにバルセロナに滞在中とのことです。
彼はこの映画で中等学校の英語教師を演じるのだそうですが、そんなフリーマンへのインタビューを、スペインのEl Pais紙(オンライン版)が掲載しておりますのでご紹介致します。

  *   *   *   *   *   *   *   *   *   *   

 (中略)
「仕事のスケジュールは把握しているよ」とフリーマンは言いました。
「来年1月に『ホビットの冒険』の撮影が始まるんだ。そして『シャーロック』
(*BBC制作のTVミニシリーズ。フリーマンはワトソン博士を演じる)の第2シーズン撮影のために、夏には一旦休みを取る。それから年末までに『ホビット』の撮影を終了出来るように、9月にはまたニュージーランドに戻ってくるよ」
イギリス人のフリーマンは北半球の季節感で「夏」と言っていますが、ニュージーランドではその頃冬になります。

「映画が撮られるかどうかについては、実際それ程心配したことはなかったんだ。ぼくの気懸かりはいつも家族のことだったからね」 彼にはまだ幼い2人の子供がいるのです。
「家族がぼくと一緒に引っ越さなくちゃならないのを心配してたんだ。勿論皆そうしてくれるからね。だから『ホビット』の撮影が、東欧になるのかニュージーランドになるのかってことのほうが、一番知りたいことだったんだ」

『ホビットの冒険』の監督は、『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズと同じサー・ピーター・ジャクソンです。
彼は最初、パートナーのフラン・ウォルシュと共に脚本の共同執筆者として、またプロデューサーに徹するつもりで、自らをディレクターズ・チェアから遠ざけておくことを選びました。
しかし、映画の度重なる遅れの後、『ホビット』2部作を監督する予定だったギレルモ・デル・トロは、プロジェクトから去ることになりました。

電話インタビューで、このメキシコ人監督はわたしたちにこう話してくれました。
「それは本当に断腸の思いだったよ。ぼくたちは既にドラゴンのスマウグ、闇の森の蜘蛛たち、それにワーグも設計済みだったんだ。それは視覚的にすごく素晴らしかったからね」

そして彼はこう付け加えました。
「ぼくにとって、最高のビルボ・バギンズはマーティン・フリーマンだよ」

「その言葉には本当に感謝しているんだ」とフリーマンは言いました。ジャクソンもデル・トロと同じ考えのようです。
「ほんのまれに、出会った瞬間に、彼こそまさしくある特定の役を演じるために生まれてきた役者だ!と直感することがある。マーティンはまさしく、そんな俳優たちの一人だね」
フリーマンは、これに答えて言いました。
「ピーターに会ったのはほんの数回だった。今年の2月にビルボ役のスクリーンテスト用のビデオを送ったんだよ。デル・トロは、インターネット上でどう言われようとも、ぼくがビルボ役に選ばれるだろうと、本当に心からのコメントをくれたんだ。ピーターが映画の舵を取ることになったとき、サッカーのワールドカップの間に、現在『ホビット』プロジェクトで何が起こっているのかをぼくに話してくれたんだよ。
ピーター・ジャクソンが『ホビットの冒険』を監督することについては、何の矛盾もないと思うね。彼はいつもパートナーのフランとフィリッパ・ボウエンと共にシナリオを書いてきた。それにキャロリン・カニンガム
(*『乙女の祈り』以降のPJ作品で第一助監督を、『キング・コング』以降はプロデューサーを務めている)はずっと彼の右腕だったんだ。彼らはこの“大家族”でいつも行動して、息の合った信頼関係でもって、様々なプロジェクトにあたってきたんだからね」

フリーマンは彼の出演作を、いつも脚本で選んできたと言いました。
「それはぼくにとって最も重要なことなんだ。だからこそぼくは今、Foresの映画のためにここにいるんだよ。ぼくの優先順序は素晴らしい脚本をみつけることで、ギャラは必ずしも問題じゃないんだ。
勿論例外はあるよ。だって『ホビットの冒険』は最終稿がまだ出来ていないんだからね。だからピーターもビルボがどうあるべきか、あまり話せないでいるんだ。それにも拘らず、ぼくは彼を全面的に信頼しているけどね」


彼のビルボは、『ロード・オブ・ザ・リング』でサー・イアン・ホルムが演じたものより、明らかに若々しくなりそうです。
「ぼくがこれまで演じてきたキャラクターの大部分は、常に反骨的な気概があるところが気に入ってたんだ。ビルボはそれどころかとても前向きなキャラクターで、彼自身の冒険を自らの手で作り出していくんだよ」

『ホビットの冒険』に出演することが明らかになっている俳優たちは、ジェームズ・ネスビットを除いて、誰もマーティン・フリーマンほど有名ではありません。みな“映画スター”と呼ばれる前途にあります。
「ぼくのキャリアは、良いシナリオを選ぶことで、段階的にここまでやってきたんだ。『ラブ・アクチュアリー』や『銀河ヒッチハイク・ガイド』、そして『The Office』や『シャーロック』のようなTVシリーズもね。いつもあらゆる仕事を誠実にやることだけ考えて、自分の範疇を越える賭けをやろうとは思わなかった。だからビルボ役はぼくにとって、思いがけない幸運の巡り合せだと思うね」

フリーマンは、『ホビットの冒険』の原作を読み終えたばかりであることも認めました。
「以前は特にトールキンのファンというわけじゃなかったんだ。でも今は違うよ」
また彼は、撮影用にいくつかの特殊メイクのテストも済ませたと言いました。
「2週間程前に、初めてビルボの毛深い足を着けてみたんだ。それと、ホビットの髪と大きな耳もね。ぼくの耳は元々充分大きいのに更にデカいんだよ。何ヶ月もそうした作り物を着けることになるから、スタッフたちはぼくの身体から型をとっていったよ。どんなふうに見えたかって?そりゃもう全くの別人さ。だけどぼくは、すっかりビルボになる準備が出来ているんだよ!」

  *   *   *   *   *   *   *   *   *   *   

さて、毎度言い訳ばかりしているようで恐縮ですが、こちらの記事については、
1.フリーマンがおそらく英語で答えたであろうインタビューを、El Pais紙の記者がスペイン語に訳して記事にする→2.その記事を読んだアルゼンチンのファンが、英語に訳してTORnの掲示板で紹介する→3.それを更に、英語に疎い管理人が日本語にする(イマココ!)という、「伝言ゲーム」(しかも互いに母国語じゃない)状態であることをご了承下さい^^;
実際、英訳して下さったアルゼンチンの同胞も、フリーマンの喋りが今ひとつ腑に落ちない部分には [sic]*原文のまま:の表示を、また、単語の綴り間違いと思われる箇所もあって、管理人が文章の前後から解釈して判断した部分もございます。
ですが、謙虚で真面目なフリーマンの人となりや、初めて着けた“ホビット足”や“ホビット耳”に感動している様子は、紹介せずにおくにはあまりに勿体無い気がしてUPさせて頂きました。
2度目のキャスト公式発表から、新しい情報はとんと聞こえてこない『ホビットの冒険』ですが、次のニュースを待つ間、主役の声を少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

GDT『ホビット』を語る~SDCC 2010から:Los Angels Times編

2010年08月08日 21:55

SDCC2010レポート、デル・トロ監督心情暴露編^^; とも言える記事が続いておりますが、今回はその第3弾。離脱に至った原因がMGMの経済難ばかりでなく、3つのスタジオの利権が絡んだ複雑な問題の積み重ねであったことを語っております。LA Timesのブログ「24 Frames」からの報告です。

  *   *   *   *   *   *   *   *   *   *   

 たとえピーター・ジャクソンが『ホビットの冒険』を(理論上は)再び前進させるとしても、制作準備に2年間を費やしてきたギレルモ・デル・トロには、まだこの映画について語ることの出来る若干の言葉があります。
ジャンル映画の個性派映画監督である彼は、ニュージーランドのプロダクションを去ることについては全く後悔していないと言います。しかし、MGMの財政的な混乱が彼の離脱を招いた“主犯”であると誰もが考えていることについては、問題を単純化し過ぎていると感じています。
 「人々は(監督離脱の原因が)MGMにあると誤解し続けているけど、それには沢山の要因が絡んでいるんだよ。単にMGMスタジオの問題だけでなく、『ホビットの冒険』は経済的にも政治的にも、とても複雑な映画なんだ。何せ3つのスタジオから承諾を得なくてはならないのだからね」
これら問題の全ての蓄積が、彼を疲弊させ始めたとデル・トロは言いました。
 「実際、ぼくたちは6ヶ月毎に、これで撮影が始められる!と思い、6ヶ月毎にスタート地点に押し戻されたんだ。そして瞬く間に1年経ち、そして2年が過ぎ去ったんだよ」

我慢の限界を超えた悩みの数々があったということでしょうか?
映画関係者の中には、デル・トロとジャクソンが創造的な指揮権に関する問題で衝突したと言う者もありました。しかし彼は、ある日突然そのような問題が起こったかもしれない可能性こそ完全に除外しませんでしたが、『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズの監督と共に働いた時間全てにおいて、何ら申し分なかったと言いました。
「ぼくたちのコラボレーションは本当にいい段階にあったんだ。もし何らかの問題があったのなら、その段階まで決して辿り着けなかったと思うね」

 【中略】(*この後「Don't Be Afraid of the Dark」と「「ホーンテッド・マンション」等ディズニーのプロジェクトについての話題へと続きます。興味のある方は、冒頭のソースをご覧下さい)

 彼がやり残した映画(『ホビットの冒険』)に関しては、デル・トロはファンが最も求めている人物を支持しました。
 「ぼくはピーター(・ジャクソン)に監督してもらいたいんだ」
でも、本来は彼自身が撮る筈だったのを分かっていて映画を観るのは苦しいことではないのでしょうか?
 「ぼくの心の一部はそう感じるだろうね。でも、ぼくたちのデザインが命を吹き込まれたのを見て、本当に幸せな気持ちになると思うんだ」
デル・トロは、『ホビットの冒険』を見ることなく荷物をまとめてロサンゼルスへ戻るという彼の決定に対して、まだ沈んだ口調でした。
 「ぼくの人生において、最も難しい仕事上の決断だったんだ。このことについては、自分がまだすごく感情的だってことは感じているんだよ」

GDT 『ホビット』を語る~SDCC 2010から:DEADLINE編

2010年08月07日 16:44

GDTかく語りき---サンディエゴで開催されたコミック・インターナショナル2010のニュースの中から、引き続きギレルモ・デル・トロ監督の『ホビットの冒険』に関連したコメントをご紹介してまいります。
第2弾はDEADLINE.comから。 『ホビット』監督離脱発表から2ヶ月。手を引く決心に至った状況と、映画を待ち望むファンにはちょっぴり痛切な、監督の本音が垣間見えるインタビュー記事です。

  *   *   *   *   *   *   *   *   *   *   

(*記事前半「Don't Be Afraid of the Dark」や「ザ・ストレイン」3部作他に関する紹介とコメントがあって)

---デル・トロは、『ホビットの冒険』2部作のシナリオの共同執筆をし、監督を務める予定でニュージーランドに滞在している間に(「ザ・ストレイン」3部作のうちの)最初の2冊の小説を書き上げました。
『ホビット』の監督から降板する決心をして、やがてその騒ぎも収まりました。しかし彼はそのことを後悔しておらず、もしその場に留まり続けたならば、高価な代償を支払わなくてはならなかっただろうと感じています。

『ホビット』の遅延は、ユニバーサルとの関係をこじらせるに至りました。スタジオは彼と大きな契約を交わしており、H.P.ラヴクラフト原作の『狂気山脈』や、カート・ヴォネガット原作の『スローターハウス5』のような高価なプロジェクトの映画化権を買い、古典的な怪物映画(「ドラキュラ」や「フランケンシュタイン」等)のリメイクの進行をデル・トロに任せました。
彼はまた、ディズニーとホラーアニメの新レーベル「Disney Double Dare You(DDY)」を立ち上げることになっていました。このディズニーとの契約は完全に穴が空くことになりました。デル・トロは今、ユニバーサルとの関係を、ゆっくり修復しているところです。

 「ぼくは全くの平安と、再び自分自身の人生を取り戻したことを実感しているんだ。一番深刻なことは、自分で全て担い切れなかったと感じていることだね。だから(今度の教訓を基に)ぼくが誓ったことは、ぼくが成す全ての仕事に対する制作の役割を守り、今後は何かを決定するにしても、スケジュールに慎重であるように、より日常的なレベルであるようコントロールしていくってことなんだ」

デル・トロはインタビューの去り際に、『ホビット』2部作のシナリオが完了しただけでなく、そのデザインについても、第1部については殆どが完成し、第2部も半分以上出来上がっていると話しました。しかし、たとえピーター・ジャクソンが監督する準備が出来ているとしても、撮影のGOサインは出ておらず、状況が変わりそうな様子は伺えません。

 「ニュージーランドは通りで出会う人々に至るまで、皆とても良い人たちだった。そこは楽園だったね。だけど、人生の時間は過ぎ去っていくばかりだったんだ。
ディズニー、そしてユニバーサルと交わした大きな契約の中には、猶予期限のうちに『ホビットの冒険』を撮り、それから再びそれらの契約を進めていけるよう、本当に急いで立ち回らなければならないものもあったんだ。
期限は過ぎ去って、結局ぼくたちはその間『ホビット』のカメラを回せなかった。「Disney Double Dare You」の契約はお流れになったよ。ぼくはドリームワークスとの交渉も進めているけどDDYのようなものじゃないんだ。ディズニーは素晴らしい機会だったけど、タイミングのずれや遅れ、あるいはその全てのせいで、ぼくはこのプロジェクトを起動させることが出来なかったんだ。

 『ホビット』からの撤退は最も辛い決断だった。だけど、ぼくに出来るただ一つのことでもあったんだよ。
タイミングのずれと年月の経過は、ぼくを苦しい立場に追い込んだし、それはしばらくの間鬱積し続けたんだ。
ぼくがそこに遅延や複雑怪奇な問題があったと言うとき、3つのスタジオの関係や、配役についても本当に(数々の問題が)あったという事実を含んでいるんだよ。論より証拠って言うけど、ぼくが去ってからの2ヶ月間はどうだった?状況に何の進展もないだろう?
それは本当に、実際この映画の制作が少しも急がれていないという事実の確認に他ならないよ。これが『ホビットの冒険』についてぼくが言える最後のことだね…」


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